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ソーマプライア沖縄

選手インタビュー企画

ソーマプライア沖縄の「ビーチサッカーやろうぜ!」

ビーチサッカーは、可能性しかない、誰もが主役になれる競技

●プロフィール

太田 隆司(おおた りゅうじ)
1994年6月20日生
身長:170cm / 体重:67kg
出身地:東京都
目標:感動を与えられる選手、勝利
経歴:国立SSS > FC府中U-15 > 東久留米総合高校 > 船橋FC > バモスアラカーサ

忘れていた「熱中」を取り戻す

ーー ビーチサッカーとの出会いを教えてください

実は小中高と色々と自分では抱えきれないことが続いて、サッカーをやっているときだけが、自分らしくいれる居場所だったんです。高校も全国大会に出るような学校に進んだんですけど、自分は3年間、一試合も出れなくて。3年の時もBチームのまま引退してますが、サッカーは心の拠り所だったし、とても熱中していました。

中学生くらいから「自立したい」っていう思いが強く、高校卒業してすぐに自衛隊に入隊することを決めて、そこから25歳までは自衛隊にいました。収入面でも経済的に安定して好きなものが買えるし、お腹いっぱいご飯食べれるようになったし、人生に春も来て(笑)彼女もできて、本当に公私共に充実していました。今まで抱えてた悩みとかは置いとけるし、不自由もなく将来設計もしていて貯金もしていました。

ただそういうのでいくら満たされても、自己実現はやっぱりサッカーの方にあるのかな、幸せとか自分が好きみたいなのがずっと満たされていないことに気がつき始めました。

それで、もう一度熱中できるものはないかなと思って、SNSで検索した中に「ビーチサッカー」が出てきて、自分はサッカーに未練があるけど、サッカーでこれ以上どうこうできないっていうのも現実的にわかった中で「なんだろ?ビーチサッカーって…」ってすごい引っかかって。当時は千葉に住んでたんで、調べたらバモスアラカーサというビーチサッカーチームが出てきたので、そこに連絡して、初めて練習参加に行ったのがビーチサッカーとの出会いでした。

ーー ビーチサッカーをやってみてどうでしたか?

良い意味で難し過ぎました。高校までそれなりにサッカーをしてても、全然ボール蹴れないし砂の上なので走りづらいし。でも「こういう技あるんだよ」と教えてもらったのを、ちょっとやってできるようになったりするのが、一番楽しいですよね。あとビーチサッカーは音楽を流しながらやるので雰囲気も良いなぁって思いました。

応援されながらプレーする憧れ

ーー ソーマプライア沖縄との出会いについて教えてください

それからバモスアラカーサに入ろうと思った時に、自衛隊で浜松への3ヶ月くらいの臨時勤務が決まったんです。バモスの人に浜松のチームや県リーグに関わってる方を紹介していただいて、平日は仕事して、土日は浜松のビーチサッカーの人たちと練習するっていうのを、3ヶ月くらいやってたんです。

それで千葉に帰っていよいよバモスに入ろうと思ってたら、なんと沖縄の知念分屯基地に転勤が決まったという連絡があって…しかも千葉に帰って二週間後からと言われたんです。もうその頃にはビーチサッカーしたい気持ちが強くて「沖縄にビーチサッカーチームはあるんですか?」ってバモスの人に相談したら「ソーマプライア沖縄ってプロチームはあるけど、真剣にやりたいのであれば紹介するけど、ちょっと遊びでやりたいとかだったら紹介できない」って言われて。でも自分はビーチサッカーに夢中になってきてたんで、紹介してもらったのがきっかけです。

ーー 自衛隊をやりながら真剣にビーチサッカーを、みたいな感じですか?

そうですね。千葉とか浜松にいた時の感覚からすると、練習は土日にして、平日は来れる人しかいなかったから、そういう感じなのかなと思ったらソーマは平日も朝から練習してて、はじめ自分は土日だけ参加させてもらったんですけど、やっぱ熱意が全然違うなって感じました。

そんな中、2018年12月にソーマが主催の沖縄カップに参加させてもらって、その時に沖縄の子ども達にソーマのサッカースクールの子たちも多くて「コーチ!!!」って応援されながら試合してるのを見て、結構感動しちゃいました。

その時は仕事では給料もすごい上がってたし、生活的な面ではすごく満たされてたし、仕事でもいろんな役割をもらって、評価もされてたんですけど、ずっと悶々として満たされてないサッカーへの想いとか、こんなに子どもや地元の人に応援されながら試合できるって、小さい頃に憧れたプロサッカー選手そのものじゃんって思って。

そうやって応援されながらプレーするソーマのメンバーにすごい憧れて。それで仕事を辞めて、彼らみたいに本気で打ち込みたいなって思ったのが、その沖縄カップがきっかけでした。

苦しくとも自分が望んだ環境

ーー ビーチサッカーに本気で打ち込む環境になってどうでしたか?

平日に練習に参加できるようになりましたが、高校でも能力あった選手ではなかったし、卒業してから24歳くらいまでまともにサッカーをやってこなかったから、やっぱ全然上手くいかなくて。

働きながらバランスとってビーチサッカーしてたら、逃げるところもいっぱいあったと思うんですけど、そういうのを塞いでやりたいって思ったから、もう逃げるところもないし引き下がれないし、でもビーチサッカーも上手くいかないし。自分が選んだ道だけど、もっとキツくなった現実が待ってました。でもそれが自分の求めていた競争の世界でした。

ーー その状況にどう向き合ってきましたか?

良くなりたいっていうのはずっとあったので、方向は間違ってたかもしれないけど、ずっと努力はしてたんです。当時はかなり気を張ってたんですが、チームメイトやスタッフの皆さんに自分にないものをいっぱい教えてもらいました。「休むことも大事だし、頭使って走らなくていいんだったら走らなくていいし、総じて100点に近づくようにしたら、そっちがいいんじゃないか」ていう言葉が印象に残っていて、それが少しずつわかってきました。

自衛隊は白黒はっきりしてるけど、世の中ってそんな白黒はっきりしたことばっかじゃなくて、もっとグラデーションの世界であることが少しずつわかってきたというか。今日は筋トレするより、ストレッチして休んだ方が明日良くなるなら、その方が正しい努力だし総じて100点になるんだったら、ストレス溜めてまで変な風になっちゃうんだったら、今日は仕事休んでゆっくりして、とか。お酒だって絶対に飲まないってわけじゃなくて、飲んだことで少しでも気持ちも晴れやかになって、プレーに活力が出るんだったら飲むことも絶対に悪いことではないし。というのを少しずつわかってきました。

ーー 自分を満たすものは、ソーマでのビーチサッカーの中にはありましたか?

まさに自分が求めてたものが詰まってました!それを求めてたというか、穏やかすぎる人生が自分にあんまり合ってないというか、すごく穏やかな生活を夢見てたんですけど、いざそうなってみると辛いこととかも含めて、もっと自分が良くなりたいっていう、自分を満たすようなことを求めてしまって。

ソーマはタケさん(河原塚 毅:ソーマプライア沖縄 代表兼監督)も自分に足りないことをたくさん教えてくれるし、その足りない壁は高かったとしても少しずつ超えてくと自分が成長してるのが実感できるのがすごい良くて。普通に生きてたら、自分の成長に向き合わなくても生きていけるけど、ビーチサッカーしててたら、そこに向き合わなかったら、ずっと居心地が悪い、それを良くしたい、そしたら新しい課題が出てきて…ずっと居心地が悪いんですけど。でも、ある時に振り返ってみたら、あの時はできなかったことが、いまは当たり前にできてたりすることに気がついて、それが嬉しいと感じるようになりました。

練習で疲れて、うまくいかなくて、夕方にスクールで子ども達に会うと、子ども達からすごいパワーをもらえます。子ども達に「諦めるな」とか言ってるんですけど、自分に言い聞かせてる感じもあるから。そういうのも含めて、幸せな環境だなと思いますね。

先駆けの選手になりたい、もっと上を目指せるかもしれない

ーー いまはゴレイロ(ゴールキーパー)ですが、もともとは違うポジションでしたよね?

入団して少したったタイミングでタケさんが「キーパーやってみない?」って提案してくれたんです。キーパーはやったことなかったのですが「リュウジの性格とか特徴を考えたら、キーパー向いてるかも」っていうのをタケさんが良いように言ってくれて「これからキーパーには足元の技術が必要な時代になるから、キーパーが足元の技術を練習するより、フィールドの選手が手(キーパーの技術)を練習してみない?そんなやつなかなかいないけど、そういう先駆けの選手になれるんじゃないか」って(笑)それを言われた時に心臓がドキっと気持ちが高ぶったのを覚えています。

でもその時はまだフィールドもやるしキーパーもやるしどっちつかずの状態でやっていて、フィールドに出る機会もさらに減って、さらにキーパーはキーパーで自分は3番手だったから、そこでも出ることはありませんでした。

それでシーズン一年目が終わった後に、年末に為末大さんの『諦める力』っていう本に出会いました。それが「一つの目的があった時に、その手段を変えても目的さえブレなかったら良い」という内容で。あと「自分が当たり前だと思ってることが、他の人にとっては当たり前じゃないかもしれない」とも書いてあって、キーパーとフィールドどっちが自分が上に行けるかな?って紙に書いて、もしかしたらキーパーの方が自分が上を目指せるかもしれないって気がついて、もうキーパー一本に絞るっていうのを決めました(笑)

ーー キーパーに専念してから、どうですか?

キーパーするって決めた年明けに、日本代表もたくさん経験しているギノさん(宜野座 寛也)が入ってきたんですよ。自分はめっちゃ嬉しいって気持ちがあって、自分が高みを目指す時に日本トップの選手と毎日練習できるっていうのは、この人からいろんなものを吸収すれば、絶対に近づける。試合に出る時間とかは減るかもしれないけど、でもそれ以上に得られるものがあると思いました。それから日本代表と素人が二人で(笑)毎日練習をするっていう日々が始まりました。

ギノさんを越えたいって想いもずーっとあるから。そうじゃなきゃ張り合いもないし。自分はなんかギノさんの後ろについてるんだけど、そこにずっと隠れてる気は最初からなくて。毎日「この人を超えたい超えたい超えたい」って思ってるけど、超えられないっていう中でも、それはそれで楽しいわけじゃないですけど、辛いこともあるけど結局そういうのを求めちゃうっていうか。まさに求めてた通りの環境なんですよ。

自分はサッカー時代からずっとフィールドでやってきたんで、やっぱり足元をアドバンテージしないとダメだろうというのと、シュートもやっぱり自分の武器にはしなきゃいけないなっていうのは思ってるんで、そこは磨きたいです。

あとみんなの真似したいですね、良いところを。日本中にも世界中にも良いキーパーがたくさんいるので、キーパーたちのそれぞれの良いところを、その人に近づくように練習して、総合して全部のバランス見たら、俺が一番良いってなるのが、今の目標なんです。

世界一を目指すから共有できること

ーー ソーマプライア沖縄の魅力はどんなところですか?

「感動の共有」っていうのに、色々なものが詰まってる気がしてます。何気なく過ごしたら感動って絶対に生まれないし、何かをこう犠牲にして得たものとか、苦しいけど乗り越えたとか、そういうのがあって初めて感動するのかなって自分は思ってます。

ソーマは世界一を目指すって決めていて、そこに注力してるからこそ感動も生まれると思うし、自分の中から溢れてくる、それが周りのメンバーもそうで、それが重なりあって感動が大きくなっていくのかなって思います。それって金銭的な豊かさじゃなくて、なんか人生の豊かさがめちゃくちゃあるなって、だから自分はそういうのを満たしたくて、ここに辿り着いたって思ってます。

ーー 今後の目標を教えてください

「世界一になりたい」って、それはもう目標というか絶対に変えないブレないものです。その手段は変えるかもしれないけど、世界一になるっていうのに向けて毎日できることをしたいっていう感じですね。チームとしても、自分がソーマ来てからまだ一回も日本一になってないんで、まずは日本一になりたいっていうのが目標です。

一緒に世界を目指す選手を募集しています!

2004年発足以来、常に日本のトップを争い毎年日本代表選手を送りこんでいるソーマプライア沖縄は、一緒に世界を目指し感動を共有し合える選手を募集しています。

対象年齢

・18歳以上(18歳以下でもご相談ください)

その他の条件

・県内、県外問わない
・沖縄にて、毎日午前中に練習に参加でき、チームに登録できる方
・日本一を目指し、世界の舞台で戦いたい向上心のある方

設備/待遇

・選手登録費、大会参加費などはチームが負担
・仕事や住まいの紹介もできますので、ぜひご相談ください
・県外の方には体験練習参加時の住まいや送迎もご用意します

応募希望はお問い合わせより
ご連絡ください。
体験なども大歓迎です!

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太田 隆司:辛いこともあるけど結局そういうのを求めちゃう、自分の求めていた競争の世界